吉福伸逸「トランスパーソナルとは何か?」(1987)読書メモ
トランスパーソナルとは何か?(1987)
著者:吉福伸逸(よしふくしんいち)1943~2013
1966年、早稲田大学文学部中退、渡米。カリフォルニア大学でサンスクリットや東洋思想を学ぶとともに、ニューエイジ思想を吸収。翻訳家。トランスパーソナル心理学のセラピストとして活躍。
〈トランスパーソナル概念の背景〉
トランスパーソナルという概念は、個人主義が深く浸透した西欧社会、それもアメリカの人種坩堝の中から生まれてきた。西洋社会(西洋文明を謳歌している日本も当てはまる)における行き過ぎた個人主義の行き詰まりは、自分さえ良ければいいと言う利己主義の風潮を生み出し、未来的展望、しかるべき伝統さえ共有しない混沌とした社会を生み出してきた。エコロジーの危機、核問題、戦争、飢餓飢饉、性・人種差別。
人類の一部が享受している先端テクノロジーの恩恵は、近代西洋に発祥した理性中心主義、科学主義に依拠するところが多く、その貢献を無視することはできないが、理性に振り回されてしまっては悲惨な結果を招く。トランスパーソナルという概念が示唆するのは、人類が進化の過程で体験し、身につけてきた、神話的あり方や共同体認識の再確認、再発見と、合理的・理知的様式を超えた、近代的な個の境界を乗り越える可能性である。
◇カプラ「タオ自然学」
現代物理学の先端理論と東洋思想の類似性を語っている。
◇ルパート・シェルドレイク「生命のニューサイエンス」形態形成場の理論
生物の形態形成、成長に関する理論。ウサギがウサギのかたちになり、カエルがカエルのかたちになるのは、時空を超えた因果作用が働く、形態形成の「見えない場」があり、そこで共鳴作用が起こる、という考え方。
◇科学の記述の行き詰まり→詩的記述
あらゆる現象の観察において、その観察者・人間が関わっている(観察するという行為に客観は存在しない)という事実を見逃すことができないという、量子力学における科学的手法の絶対性の崩壊。
◇アメリカでは、人間性心理学が力をもっていて、ユング心理学と人間性心理学が融合して出来上がっているのがトランスパーソナル心理学。
◇人間性心理学
マズロー、グロフ、トニースティッチによって提唱された心理学。
◇心理学の分類
1行動主義
2精神分析
3人間性心理学
4トランスパーソナル心理学
◇トランスパーソナル心理学の代表的書籍
スタニスラフ・グロフ「意識の作図学」
チャールズ・タート「変性意識論」
ケン・ウィルバー「スペクトル理論」
ジェーン・シンガー「男女両性具有論」
◇人間性心理学 自己実現重視
◇トランスパーソナル 自己超越重視
◇行動主義
J・Bワトソンが提唱した心理学で、アメリカ心理学の主流。人間を生物機械的に捉え、主に刺激/反応のパターンで理解しようとするもの。スキナーのオペラント条件付けがもっとも知られている。行動修正の技法では、悪い習慣を取り除き、良い習慣に置き換える。習慣の原因となっている<強化>を見出し、取り除くものである。
◇各心理学における人間の意識構造の捉え方
●行動主義 [無意識システム(刺激・反応)]
●フロイト派 [自覚的意識システム][無意識システム(自伝的)]
●ユング派 [自覚的意識システム][個人の自伝的無意識システム][集合無意識]
●トランスパーソナル[自覚的意識システム][個人の自伝的無意識システム][前個無意識(過去の無意識)][超個的無意識(未来の無意識)]
◇社会不適応(病的状態)か自己拡大プロセスか(成長プロセスか)
社会機構・会社のシステムがテクノロジカルに発展していくにしたがって、社会適応に無理を感じたり、強い葛藤が生じる人が増えた。既成の心理学・精神医学の枠組みでは、神経症、統合失調症と病名を与えられて、施設収容化されていたが、いくつもの例から、そういう烙印を押してしまえるものではない、ということが、セラピストの間で明確になってきた。「当人の既存の自己イメージ(自己の限界)を超えて出てくる一種の内的衝動に対応しきれない状態で、もしその衝動に対応できれば、自己の拡大が起こるのではないか、それもある意味で、現在の自己を超えるトランスパーソナルな体験である」という見方が出てくる。
◇ジョン・ウィアー・ペリー
(ペリー提督の子孫、ユングに教育分析を受けた、ユング派精神病理学者)
「自分がこれまで思い込んでいた自己イメージを超える衝動が内側から起こってきた場合、どんな人であれ、一種の錯乱した状態に陥ってしまうというのは、普遍的な現象である。特定の修行システムの中での、自己超越の場合には、そうならないこともあるかもしれないが、唐突にやってくる自己超越の場合、必ず一種の錯乱状態に陥る。しかし一定期間、その錯乱した状態を受け容れてあげる人がいれば、必ず収まってきて、より幅の広い自己というものが出てくる」
◇フロイト理論では、抑圧すること、自我の強化が強調されており、再発の可能性があるが、自己イメージを拡大し、その衝動を受け容れることで、意識の拡大が起こる。
◇身体の復権
自我や理性を中心とした方向性は、肉体の軽視につながりやすい。身体バランスが崩れる。身体を縛るのではなく、身体の知恵を解き放つことによって、自我重視の自己像より、広い自己像を獲得することができる。
◇バイオエナジェティックス(心身相関的アプローチ)アレキサンダー・ローエン開発
身体ブロックに直接働きかけるボディーワークが必要となる。「引き裂かれた心と身体」
◇ホロトロピックセラピー グロフ開発
呼吸のコントロール、喚起的音楽、局部的ボディーワーク
◇ロルフィング アイダ・ロルフによって開発された一種のマッサージ
構造的統合とも呼ばれ、身体と重力の関係を重視し、その関係の悪化からくる背骨のゆがみを矯正すること行う。
◇マッサージ、太極拳、ヨガ、瞑想に代表される東洋の技法
すべて、身体の開放とつながっている。身体にもセンターがあり、理性のセンターとの融合によってしか、ひとりの人間の健全で有機的な全体性は出て来ない。
◇玄米生食 マクロビオティック(アメリカでは、マクロバイオティック)
マクロは大きい、ビオは生命を意味するギリシア語。穀物菜食を中心とした食生活による宇宙の法則にのっとった生活法。西欧社会に定着させたのは、桜沢如一(さくらざわゆきかず。本名、おおさわじょいちと読んで、欧米では、ジョージオーサワと呼ばれる)若き日にパリを訪れた彼は、最新科学と東洋思想、特に易経の思想を統合すべく独自の「無双原理」を提唱、これがマクロビオティックの考え方の基礎となっている。
◇実存主義 実存心理学
実存哲学を背景とした心理学
・精神科医レイン
・現存在分析のビンスワンガー
・ロゴセラピーのフランクル
・メダルトボス
・ロロメイ
*ケン・ウィルバーは、人間性心理学と実存セラピーを一体に捉えている。それは両者が、ウィルバーの言う、実存的(ケンタウロス)レベルを目指したものだからである。
◇トランスパーソナル心理学 最終的には悟りの心理学
宗教・神秘主義、特定の意識状態を日常意識の延長に理論的に置いていくもの。理性的で現実的な枠組みの中に、宗教が伏せてきたものを収めていくもの。
◇個を越える壁
人間は幻想を大切にする。幻想で自己満足する人は、現状の自分・環境に対する不満から幻想を追いかける。冷静に自分の状態を見ることを拒絶していることが多く、退行でしかない自己超越と、成長の延長線上にある超越では、大きな壁がある。
◇理性を超えることへの恐怖
幻想を追いかけるのではなく、理性的な理解を経て行わないと、成長の延長線上としての自己超越は起きない。しかし、両方あわせ持つというのは難しい。理性的な人にとって、理性の限界を超えた自己の存在を実感することは、恐怖に満ちている。結果的には、理性を手放すことになるから、一種、二律背反的な衝動を内側に抱えてしまうことになる。トランスパーソナル心理学の枠組みを受け容れてしまうと、理性的には頭で理解したとしても、それを実際に体験する為には、理性の統御とかコントロールを外さなければならない。これは相反するものと思われる。
*単純な発想として、社会的にまっとうな人間として機能していくためには、自分の様々な衝動をある程度、抑圧した生き方をせざるを得ない。(積極的自己不一致)ある種の衝動の抑圧に基づいて、社会的な自己像というものを作り上げる。それで、他人と摩擦を起こさないようなかたちで生活しているのが、一般的社会人のあり方だと思う。制御の基となっている理性を外すことは、社会的な自己イメージの崩壊につながるし、一種の自滅だし、ものによっては警察沙汰になるのではないか、そういう衝動も出てくるのではないかという恐怖心がある。その不安を取り除くのが難しい。実際にはコントロールを外しても、もっとマイルドな形で出てくる。
*体験していけば、徐々に理性による極端なコントロールを外していくことができる。コントロールを外したからと言って、アウトオブコントロールな混沌状態にはならない。身体は身体なりの自律性と秩序をもっている。自己の衝動を、自我や理性で統制しようとするとむしろ、衝動は高まっていく感じになる。統制を緩めることを、体験的に学んでいけば、緩め方がわかってきて、徐々に開いていく。
*日本の学者、現代思想化は、トランスパーソナルに批判的なことが多い。日本で社会的地位のある人の方が、西洋的理知によって物事を見ようとする(非合理なものを極度に排除していく)。神話なくして生きることを人間の強さと見るか、一体感の欠如と見るか。
*進化の過程で経てきた社会形態や文化的遺産は、われわれの中に組み込まれている。狩猟、採集時代に存在した、地球との触れ合いの実感は、工業化社会に入ったとしても、個々人の中に残っている。当時と同じ感情と感覚が残っている。工業化社会、高度資本主義時代だからといって、自我や理性によってすべてを支配してしまおうというのは無理。現代に欠如しているのは、ロジカル、合理的、論理的、理性的になりすぎているために、われわれの奥に潜んでいる神話性や原初の衝動の重要性、必要性に対する洞察。バランスよく保つことで、人間は全体的な自己を実現していくことができる。
*西洋型文明があまりにも支配的になった弊害。現代では、同時平行的に様々な文化があるということが認識されてきている。
*惑星地球の危機と、個々の中に内在している危機感の同定。
◇ジョセフ・キャンベル
ユング心理学の立場から人類学、神話学にアプローチし、あわせて現代文明の再生原理を提示する試みを行っている。著書に「千の顔を持つ英雄」「神の仮面」
◇敵と味方図式の終焉
「わたしは善で、外に敵がいて、その敵を批判し続けることのなかに、自分の正しさがある」という見方から、「境界を外しましょう。敵と味方を分ける境界を外さない限り、敵と味方を区別する構造を持っている限り、いくら闘っても勝てない、どちらかあるいは両方が傷つくだけだ」たとえば、権力構造の問題についても、権力を奴らとして投影して、敵を思っている限りは、絶対に解決されない。
◇クリシュナムルティ インドの哲人。1895年生まれ。
「あなたが世界である」あなたが世界であり、世界はあなたである。世界の混乱の源泉も、英知・愛・平和の源泉も、ひとりひとりの魂のうちにあり、その革命なしに、外的な革命を求めることは、新たな腐敗、別種の悲惨を生み出すだけであると、彼は解き続けている。
*敵をつくり、実際に何かの運動をしているほうが、闘っているという実感がわきやすいが、実際には不安の投影で、強い衝動が出やすいし、行動につながりやすいし、充実感がある。けれども、そういう充実感ではなく、別種の充実感がある。そういう充実感は、感覚や意識の鋭敏さ、敏感さにつながっていくから、透明な批判能力が出てくる。
*もっとも健全なあり方は、個を重視する文化と関係性を重視する文化の統合だと思う。個を確立することによって、はじめて関係性の重要性を認識するという流れが、もっとも健全な発展で、関係性を重視して、個の確立を危険よばわりすることは、保守性の働きで、逆は成り立たない気がする。
*核と環境の危機は、個人の内面の危機と全く等質のものである。自己の中での解決を置いておいて、外側だけを解決することはできない。敵味方を立てて、相手を倒すことは不可能であり、なぜならそれは、あなた自身のことだから、というのが基本認識。
◇トランスパーソナル心理学の主な理論の概論
マズローの欲求階層論でトランスパーソナルな視点の導入。スピリチュアル・エマージェンシー・ネットワークで聖なるものと狂気の関係の見直しがなされ、タートが「変性意識論」で意識の多様性を扱う概念を確立した。年代的には先だが、アサジオリが、狭い自我の脱同一化、東洋的自己までを含んだトランスパーソナルなものへのアイデンティティの拡大を提唱した。それらの成果や東洋宗教の伝統を踏まえて、ウィルバーがそれらを統合するような意識のスペクトル論、霊的発達論を提出し、トランスパーソナル心理学の基本理論とし、グロフが臨床の現場を踏まえて、出生前後の無意識領域の重要性を指摘している。
◇バイオエナジェティックス
呼吸を非常に重要視。人格の中のスムーズなエネルギーの流れをつかさどる非常に重要なポイントを呼吸が占めていると考えている。呼吸法が悪い人は、身体内、あるいは精神内に、なんらかのブロック=封鎖をもっている。その封鎖を取り除くやり方。呼吸法や対話によって、ブロックになっているもの、その原因になっている感情をいかに発散させるか、というところにポイントを置く。基本的に目指しているのは、心身一如の状態。心と身体の間に生じた分裂を癒し、より統合されたひとりの人間像を取り戻すか。(実存的レベルのセラピー法)クライエントの持っている問題は、感情的な封鎖状態、ブロック状態。あるときに、非常に強い感情の高まりがあったにもかかわらず、その感情を出すことが出来なくて、それを抑圧してしまった。その抑圧は、心の中だけではなく、身体の筋肉にも対応するブロックを生じさせてしまう。そういう感情は、必ず放出しなければ癒されない、という考え方をしている。身体表現を含む、感情的な爆発状態を生み出す。セラピストの前で、身体も使ってその怒りを表現させる。
◇ゲシュタルトセラピー
決まったやり方はない。セラピーのテクニックそのものは、個々のセラピストの容量に任せられている。技法よりも、考え方、原理として用いられている。パールズのやり方は、身体を隅々まで自覚していくことが強調されていた。そして、話の中で、少しでも自分自身の責任を回避している部分があった場合には、話などを通して、それを「自分の責任として受け止めさせる」ような方向に持っていく。感じていること、考えていることをかたちで表現したり、身体で表現させたり、というようなことをしていきながら、「自分自身に起こっていることは、すべて自らの責任において受け止めなければならない」ということを自覚してもらう方向にもっていく。リッキー・ウルフが採用しているクラウニング(道化)というゲシュタルト・セラピーの手法がある。道化を演じることで、日常的に固定化された意識状態を相対化し、仮面をつけないありのままの自己に立ち戻らせようとするセラピー。
◇ホロトロピック・セラピー
グロフが、世界中の呼吸法を集めたセッションにすべて参加し、実体験した上で、呼吸法の共通点を見出そうとした。ハイパー・ヴェンチレーションという深くて速い呼吸を長時間続けることによって酸素過多の状態をつくり出すところにしか共通点が見つからなかった。また、古代からシャーマニックな儀式であれ、通過儀礼であれ、宗教の儀式であっても、必ず音楽がついている。音楽には一種の催眠的な効果があると同時に、自己の内側に入っていくための精神集中の効果もある。それで、呼吸法に加えて、音楽を使い、バイオエナジェティックスの「心身ブロック論」に基づいたボディワークを行うようにした。
◇トランスパーソナルセラピーの特徴
・クライエントとセラピストの間の垣根を取り外そうとしている。(カール・ロジャーズ等の貢献が大きい)
・セラピーを、背景とプロセスと内容の三つの角度から捉えようとしている。
◇セラピストが提供できるのは、背景
・背景とは、そのセラピーが、何を目指し、どこまで許容できる場なのか、ということ。セラピストが許容できる限界までしか、クライエントは行けない。セラピストの自己限定が激しく(容量が狭く)、クライエントが泣き喚くのに耐えられなかった場合、そこには暗黙の了解のようなかたちで、「泣き喚いてはいけない」というコンテクストができあがる。
・プロセスに関しては、クライエントとセラピストで相談されて、特定の技法が、合意の上に成り立って進行していく。
・内容に関しては、セラピストは何も提供できない。クライエントがそれぞれ自分で埋めていくしかない。
*その意味で、セラピストの体験が重視される。感情の爆発や身体の動きなども含めているので、熟達している必要がある。クライエントに背景を提供できるような体験が要求される。