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青木拓人 音楽

青木拓人「summer hertz」(2020)レビュー。夜をくぐりぬけていく旅。

青木拓人

青木拓人の新譜EP「summer hertz」は、弾き語りが3曲収録されている。すなわち、「片道切符の唄」「僕はうたうたい」「晩夏の朦朧」である。青木拓人の先行している二枚のアルバム「NOTE TONES」(2011)「球状するダンス」(2018)を繰り返し聴き続けて、心身に染み込ませている者にとって、新作「summer hertz」(2020)は、青木拓人の音楽世界を拡張し、その全体像を更新するものに他ならず、それはわたしたちの世界が広がることを意味し、驚きと興奮に包まれずにはいられない。わたしの場合は、その日の作業と予定がバックグラウンドになり、「summer hertz」の3曲をSpotifyで延々と3時間以上リピートして聴き続け、リリースの緊急速報を知人のLINEに送信し、途中からはSpotifyで再生出来なくなった為、(同じアルバムを聴きすぎた制限?)iTunesで購入して聴き続けて今に至るが、最初は楽曲がつかめない豊かさの中に放り込まれ、徐々に楽曲の輪郭をイメージ出来るようになり、後には皿洗いをしながら口ずさむようになる過程で、駆け出したいような意識のブレイクを心身で耐え、この作品を内面化していく過程は、夜をくぐりぬけて行く旅であった。

優れた1枚の絵の前に立ち止まったとき、無数の線と色が走り、それが全体を創っていることを目にする。1枚の絵から一瞬では汲みつくしえない量の、絶えざる豊かさの呼びかけがある。その膨大な時間と筆と思考と直観が、行為が、積み重なり、自然がそうであるように汲みつくしえない豊かさとなって迫ってくるのだ。「summer hertz」も同様に、美味しい部分が緻密に詰め込まれて構成され、音楽の構造とメロディと歌詞とギターと声の重なりが、豊かさとなって迫り、飽きることのない魅惑となっており、何度も聴くことが可能な創造物になっているのであった。一方、晩年の画家たちが、一筆の線で描いた絵こそが、最高傑作となっている例もあるように、同じ言葉を口にするのでも、口にする人物によって重みが異なるように、魂を込めた一音で、一筆で、沈黙や短い所作で、稲妻のように人を打つということがある。それは、量を包含した質や強度の方向性であり、そのような表現は、日常とは異なる空間で強大な重力を背負った人物が、その重圧を時間に刻み付けたかのようだ。「summer hertz」(2020)は、そのような点で抜きん出ている。ファンとはそういうものだと言う者もいるかもしれないが、「summer hertz」が、現在、わたしが最も好きな青木拓人のアルバムである。

言うまでもないが、技術的にも見事な楽曲である。3曲の繰り返しを延々とリピートしていると、初めは、どの曲のフレーズなのか、わたしの中では整理できなかった。それほど、美味しいフレーズやメロディが続出しており、詰め込まれた構成も舌を巻くレベルにある。歌詞は、シンプルになり深さが増し、このヴォイスであればどのような心情も歌うことが出来るという詩人の自信に満ち溢れている。

1曲目「片道切符の唄」は、個人的には最もセクシーな曲と感じる。青木拓人の曲の中でどれが一番好きかと言われると途方に暮れてしまうのだが、これを書いている現在という留保をつければ、最も好きな曲は、この「片道切符の唄」である。進行、歌詞、メロディとも美しい。何度も聴きたくなる、歌いたくなる。2曲目「僕はうたうたい」は私小説のような歌詞が、多くの「私」の心と心を結びつける深みへと誘う、「みんな夜をくぐりぬけてきたんだね」が、このEPのハイライトであり、人々が夢の中に放たざるを得なかった闇の集合に、光る剣をもって挑む英雄のように、気高い。「話の途中」に匹敵する、心を震わせるナンバーである。3曲目「晩夏の朦朧」は、事物を通して季節が歌い上げられていく。夏の夜に、大地の香りに包まれて、陽の廻りを祝って酒を飲み、火を囲んで歌い踊る、一万年前と変わらないわたしたちの喜びが空にこだまし、天もそれに応えて雨を降らせる、となれば、雨音に合わせて魂の咆哮を轟かせるのが、詩人の役目だろう。

株価のチャートを誰でも見たことがあると思う。今では巨大な企業も、初めは低い株価から出発する。やがてじわじわと株価は上がり始め、上下に揺れながら、あるとき、急激な上昇を見せる。例えば、「球状するダンス」(2018)のリリースがそれに当たる。普通は上がったものは下がってくるものだが、どういうわけか、そこから下がらずにもみ合いが続く。もう株価が落ちないのである。そんなある日、ピンと弾けるピアノの一音が、威厳を持って響いてくるようなら、更なる急騰、今度は二段上げではないかという予見が胸を打つ。「summer hertz」(2020)はそのような重要な作品であり、後に節目として語られることになるだろう。

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