新刊「NO.9(ナンバーナイン)」の裏側
2024/08/13
新刊「NO.9(ナンバーナイン)」は、クリスマスに物語をプレゼントしよう、という小さな思いつきから始まりました。故郷の英雄、宮沢賢治のように、心を込めた作品をつくり、身近な人たちに配るという在り方への憧れもあったのかもしれません。そして、星空を描いた画家ゴッホのように、夢を描いた小説家カフカのように、流行や商業性を離れて、身近な人たちの心に届くような作品を書こうと苦心した道のりだったような気がします。約十年間に書いたクリスマスストーリが五つ並んでいるわけですが、何年経って書き出しても、前作からしっかりとつながっており、不思議な発見の連続でもありました。わたしが作品を書き出せば動き出す「時間」があり、書かない間は、そこで止まって待っている。一体だれが待っているのでしょうか。普段、わたしがわたしと思っている人格を超えた大いなるわたしが、煩悩から束の間抜けて、その流れに乗るわたしを待っているかのようでした。その流れは、作品をより深く、より美しくしようと意図している、そして、自然がそうであるように、より複雑に、より多義的に、現代生活で強まる傾向のあるエゴや思考からすれば意味が分からない、意味を超えたものを志向している。今、振り返れば、そのような気がします。
Ⅰ
第一作「ウサギとサンタクロース」(2010)は、絵本のような、読みやすいものを書きたいと思いました。ウサギとサンタクロースの対話を中心に、彼らが真実の姿で向き合うようになる小さな物語ですが、描写の中で「夜」を扱う表現が初めて出てきて、それは第四作「クリスマスに降る夜」まで連なっており、この短編小説集の中で、重要な鍵となっていると今では思います。印刷し、冊子にして身近な人に配ったことが嬉しかったことを覚えていますが、一番嬉しかったのは、大学時代の友人が「恋をしたくなった」と感想をくれて、その数か月後に結婚したことです。ファンタジーであり、ラブストーリーだったのだと思います。
Ⅱ
第二作「石と光」(2011)は、「ウサギとサンタクロース」の翌年に書いたこともあり、第一作と双子となっている作品です。しかし、現代小説の形をしており、最も読みやすく、年齢を問わず、普段小説を読まない人にも好評が多い印象です。サンタクロースが二人出てくる聖人物語と言えると思います。聖人の伝承や伝説をたくさん使いましたし、作品に明示したようにホーソーンの作品を下敷きにした一部分もあります。技術的には、変則的な三人称で、途中で一人称の語りによる二つの物語が挟まれており、闇と光の対称を意識していたように思います。個人的には、彼と彼女の世界が、第一作に連なるシーンが好きです。
Ⅲ
第三作「星降る夜」(2012)は、タイトル通り、ゴッホへのオマージュでもあります。今読むと、文章の密度が上がり、第一作と二作が、ヘミングウェイの短編小説のように会話を中心に進めているのに対して、描写で運んでいく傾向が強く、作品に緊迫感と厚みが出ていると感じます。個人的には、最も苦しい時代でした。この短い作品をクリスマスまでに書き上げることに、すべてをかけていると言っても過言ではない精神状態でした。そのくせ、文章には自信が満ち、的確に言葉が指示され、今ではどうやって書いたのか不思議な気持ちがします。重要なイメージは、全て夢の中でわたしが視たものをそのまま使用しました。作品の中にもあるように、そもそも作品自体が作家の白昼夢であるわけですが、夜の夢の続きを書こうとしたかのようです。全体の構造は、闇の祭典から光の祭典へ、個別には、黒から白へ、蛇から龍へ、地底から天上へと、イメージの転換が物語の感興を高めていると感じます。東北震災後、停電している東京の友人から連絡があったことを思い出します。そのような暗闇にどのような光を見出すのか、東北出身の芸術家として取り組んだ結果が、このようなラストを生んだのだと思います。個人的には、夢の中にいるのかどうかを主人公が検討するシーンが好きです。また、ウサギの中に混ざって馬の脚のようなものが跳ねているのが、一体何なんだこれはと思っていましたが、作品の中でしっかりと居場所を確保したときの驚きが忘れられません。
Ⅳ
第四作「クリスマスに降る夜」(2015)は、前三作まで毎年書いていたのに対して、二年空いています。なぜ書けなかったのか、書かなかったのか、今となっては思い出すことが出来ません。バリエーションで同じようなものを書くタイプではないので、前三作以上の作品世界の広がりを創造するには、更に生きることが必要だったのかもしれません。この宇宙について、この青い星について、生と死について、男と女について、わたし自身の意識の成長がそのまま作品世界の拡大にもつながっているのだろうと思います。最先端の科学者が得た認識が、仏教の世界観と酷似している例がよくあげられますが、わたしなりの曼荼羅を創造しようということだったのかもしれません。前三作と比べて、より深く、そして高さが加わったのだと感じます。人類の現在最高の科学的認識は、美しく高貴な詩のように書かれるはずで、芸術の側からそれを目指していたというと大げさですが、そのような気概に溢れていたのかもしれません。青い星を代表する王と王妃の美しい邂逅であり、長年大事にしてきたクリムトの「接吻」との共作とも言えます。作品の中で重要なモチーフとなる「黄金の雨」は、(わたしが作詞作曲し独演した同名タイトルの曲があります。興味がある方は是非聞いてください。「黄金の雨」)ギリシア神話とクリムトと「クリスマスに降る夜」をつなげているキーです。明らかに読者の反応が強く、わたしが書いた短編小説の中で、最も優れたものなのだとわかりました。
Ⅴ
第五作であり新作である「NO.9(ナンバーナイン)」(2021)は、一人称で書いた星空の旅ですが、「クリスマスに降る夜」の翌年に執筆を開始した「ゴールドスター(仮)」が短編に収まりきらずに長編となり、未完成の間に、同名の第三のビールが発売されてしまう滑稽となったのですが、このブログで、「ゴールドスター(仮)」のいくつかの材料を使ってクリスマスに一時公開した文章を、本源に戻して再構成し、新たに執筆したものです。星と星の出会い、男性と永遠の女性のラブストーリーが内的宇宙旅行となっている今作は、既に読んだ方にわかるように言うと、「強い歓喜」が「深い結びつき」を描く「創世記」です。(エフフォーリア、ディープボンド、クロノジェネシスの2021年の三連単です)今年の有馬記念の前に「NO.9(ナンバーナイン)」を読んだ方には、三連単的中のオマケ付きとなりました。さて、みなさまの素晴らしい夜をお祈りします。なむあみだぶつ。