キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

黒澤明

黒澤明「八月の狂詩曲」(1991)聖なる光の芸術。野に咲く薔薇となるおばあちゃん。

2016/10/16

黒澤明「八月の狂詩曲」を観たのは何度目だろうか。三回目くらいかもしれないが、後期の黒澤明映画は、純度が高く、大体その高音域の音色に、わたしの心身は、高まり、全心身の水が沸き立って、頬にしずくを落とすという自然現象を起こす。黒澤明81歳、5月25日に公開されている。この半年で、黒澤明映画全30作品を観たことは、強烈な出来事であった。それは、エンターティメントなどではなく、いやそれをも含みつつ、人間が近代文明の発展によって捨て去ってしまったかに見えた魂の次元、古くは霊の世界、現代では精神、あるいは心と呼ばれているものを、この現実に付け加えることであった。イメージの力、それは確かにかたちを取り、人々は脳裏に、あるいは自然に、夢の中で、幻視の中で、確かに目にしてきたにもかかわらず、それは、狭い近代文明の視野から外れて、忘れ去られ、その人間中心の物事の見方は、自然を破壊し、同族である人間同士で、意味のない戦争を行って来た、今も行っている。それは歴史となってきた。純粋な光を求める芸術家が、このような世界と人間に対して、真摯に向き合い、その描写されるイメージは、来るべき人類の危機に対する警鐘、予言となってきた。黒澤明映画を伴走者にして、世界に起こったこと、その爪痕、今も続く負の連鎖を知った。黒澤明映画の全体の流れ、芸術家の内に発した光の変遷を理解したことで、「八月の狂詩曲」の意味は深まり、黒澤明が描いたイメージの全てが、彼の全作品に有機的に絡んでいる光景が今なら見える。「赤ひげ」(1965)の魂の医者は、三船敏郎が主人公でなければならなかった。それは、三船敏郎を主人公とした作品群の総決算であり、比類なき美しい詩であり、世界に聖なる光が存在することをイメージの次元で、人類全体に向かって高らかに歌いあげている。ここまでをわたしは黒澤明の中期と考えるようになった。他の人がどう言っているかは知らない。しかし、ここまでを中期とするべきだとわたしは考える。中期は、映画の娯楽としての要求に答えながらも、その芸術性がストーリーの中に散りばめられた欠片となっている。中期の黒澤明映画を好む人が多いのも納得する。なぜならば、これらは、常識の範囲の「映画」に入っている。散りばめられた欠片を無視しても、気付かなくとも、十分に満足できる娯楽性があるから。映画のメッセージ性が深まれば、それがわかる聴衆が減り、大衆が喜ぶ娯楽作品は、世界に評価されず、芸術性が低くなる。「どですかでん」(1970)から「まあだだよ」(1993)までの後期の黒澤明映画は、芸術性が高く、美しい。何度でも鑑賞することが可能なダイヤモンドだ。もし、後期の黒澤映画がなくて、中期までだったとしたら、それでも素晴らしい映画に違いないが、わたしのこころをここまで惹くことはなかったにちがいない。視点の広さ、その高さと深さ、全体性、その美しい詩の結晶と化した映画群、後期黒澤明映画は、わたしが死ぬまで、ずっとわたしを励ましてくれるだろう。何度でも立ち戻るだろう。わたしの内的資産として、誰にも奪われず、減らずに、ますます価値を高めていくだろう。黒澤明映画のある人生と知らずにいた人生を比べると、その恩恵に感謝の念が湧いてくる。黒澤明映画の全30作品を比喩に、あらゆることを語ることが可能である。詳しくは述べることが出来ないが、人は迷い、苦しみ、不安と葛藤の中にいる。そういうときに触れるべき芸術作品というものがある。わたしは、この半年の間、黒澤映画の中で、その人に最も合うと思われる作品を勧めてきた。あなたが悩み苦しんでいることについて、深く強く向き合った芸術家の作品があり、数百円と2~3時間でそれに触れることが可能であり、是非それを観るようにと勧めてきたのだ。悩み苦しんでいるときこそ、転回し、新しい視点を持つ機会でもある。気難しいような、よくわからないような気がしてきた芸術作品は、真に苦しみ、自分と向き合い、悩んでいる今であれば、あなたに理解することが出来、あなたの状態を既に知り尽くして描いている作品に包まれる貴重な体験となるのだと。しかし、人は自分を変えることがなかなか出来ない。簡単に習慣を手放すことも出来ない。悩みという状態こそ、ひとつの習慣であり、逃避であり、苦しみの反面、現在の状態にしがみつくことを可能とさせている丸太なのだ。誰にその丸太を取ることが出来るだろう。その丸太を手放して、古い自分が流れ去っていき、新しい自分となる変容体験は、バンジージャンプのように、まさに死んで生まれ変わる体験によって意識を更新することであり、本質的に死の体験をすることである。悩んでいる人は助言を求める。そして助言を受け付けることはできない防御反応が強まっている。その丸太さえ手放すことが出来れば、その人は良くなると傍目にはわかる。しかし、本人には、その丸太が何であるかが見えない。援助する者は、直接に無意識に働きかけるために、深い意識に自らが入り込んでいく危険を冒す。あるいは、同じことだが、沈黙し、その者に他力が起こるのを待つ。しかし悩む現代人は待てない。待てなければ、直接に向かっていくしかない。しかし、直接は恐ろしい。そうであれば、黒澤明映画を観るのが良いとわたしはおもったのだ。死を受け容れ、現在を生きることは、「生きる」(1952)で、人間の権力欲については、「」(1985)で、感覚的な美による癒しを求めるならば「どですかでん」(1970)を、日常を生きること、人生を生きることについては「まあだだよ」(1993)を。もし、この社会に狭さを感じて苦しむのならば、「デルス・ウザーラ」(1975)を。矛盾と葛藤を感じているのならば「用心棒」(1961)と「椿三十郎」(1962)を。残念ながら、観るというアクションを起こせる人は稀である。ネットであらすじを調べました、というのが良い方であるが、実際に観ないことには体感出来ない。映画に没頭する内に、エゴが消えて、真に現在を体感できる可能性があるのだが。現代人は、エゴが強すぎて自ら救われる道を閉ざしてしまう。過去か未来に囚われて、現在にいない。身体を動かすという方向こそが、悩みというエネルギーが滞った状態、精神が低く働いている状態に対して、有効なのだろう。しかし、まあ、このようなことは、全て、親鸞が言うように余計なことなのだろう。全てが、開かれて待っている。あとは、それを掴むのも自由、掴まないのも自由、いずれも好きにするのが良いのだろう。天に任すのが良いのだろう。心理学や宗教や東洋思想を学べば学ぶほど、知れば知るほど、何も知らないことがわかってきて、人間ではなく天に任す他なくなってきて、その不思議なパラドックスこそが、真実を現すかのようだ。しかしながら、人の世では、このようなことを言うと危険なので、何かもっともらしい助言もしなければならない。なので、黒澤明映画をわたしは勧めるだろう。それは本気でありながら、どこか方便でもあるだろう。方便でありながら、どこか本気でもある。しかし、真に本気にならなければならないのは、自分のことで、わたしがわたし自身を語り続けていくこと、これが念仏同様に、眠いような意味のわからないような誰も興味がないような何かであって意味があり、ただそれだけが、わたしにわたしが貢献することであり、わたしがわたしに貢献することだけが、他のわたしに対しても意味のあることとなってくる不可思議、これこそが生だろう。親鸞がただわたしひとりのために、というときの「わたし」と共にあること、共に行きて行きて行くこと、生きて生きて生きてゆくこと。まるでスーパーマリオの横スクロール画面のように、障害を飛び越え、キノコやコインを入手し、ジャンプして旗に掴み、地下に潜り、橋を飛び越え、とにかく現在を前に進み、進み、進んでいく。これが生きることだろう。その徹底した現在を進む中で、怪物を飛び越え、捕らわれたお姫様を救出することが出来るだろう。そしてお姫様は、自らの内側にずっと前から居たのだと洞察するだろう。そしてすぐにわたしは忘れてしまうだろう。そうしてまたこうして戻ってくる。偉大な世界の中心であり、生命の源に、わたしは戻ってくる。現在という黄金の地に。憧れた黄金の目的地である現在に戻ってくる。世界と文化の中心地に、ただこの現在に。全てが在る場所に。その場所で舟が流れていく。上空には流星が、地下には透き通った水が。

「八月の狂詩曲」と「夢」と「乱」。黒澤明が描き続けた月と歌と雲と緑と花と。

黒澤明の「八月の狂詩曲」の前年には「」(1990)が公開されている。「乱」による人間の修羅は、度重なる人類の争いの元型を描いている。それは「夢」においては、戦争で亡くなった死者がトンネルから現れるあの驚きの場面や原発が爆発した赤富士、世界が崩壊した後の地獄絵図となり、ラストには、自然と共に生きる美しい村のイメージに結実していた。そして「八月の狂詩曲」は、長崎が舞台であり、主人公と言えるおばあちゃんは、原子力爆弾投下を経験しており、そこにアメリカ人との和解が、イメージの舞台で描かれ、その背景には雄大な自然が、「乱」で崖に落ちてはためいた聖なる象徴が、子供たちが歌う「野ばら」の歌と共に現れる。「デルス・ウザーラ」も「乱」も「夢」も「八月の狂詩曲」も、全て美しい自然描写が光っており、それはドラマの小道具などではなく、まさに隠れた主役のように画面を埋めている。おばあちゃんとアメリカ人が縁側で夜に、まんまるい月を眺めているシーンはなんと美しいことだろう。黒澤明は、なんと日本文化を大事にし、愛した芸術家なのだろう。「素晴らしき日曜日」(1947)で、貧しいカップルが、ブランコに乗りながら、眺めたあの大きくまんまるい月、「デルス・ウザーラ」の自然の中での太陽と月、遺作「まあだだよ」(1993)の月の歌。出た、出た、月が!まあるいまあるいまんまるい、盆のような月が!黒澤明ほど月を愛し、月を美しく描いた映画監督もないだろう。「八月の狂詩曲」は美しい場面が散見されるが、特に言いたいのは、自然の中の小さなお堂に人が集まって祈っている。その美しいお堂で、子供のひとりは、アリに目が行く。アリが群れを為して、歩いている。子供は、そのアリの道に目を注いで、その目的地へと視線を伸ばしていく、そうして、アリは植物の茎を昇り、最後には、薔薇の花が大写しになり、画面いっぱいの薔薇に辿り着いて、そのタイミングで、お堂の鐘がチーンと美しく鳴る。この上なく美しい、比類なき表現であり、見事である。それは、「八月の狂詩曲」のあまりにも素晴らしい最後のイメージへの前奏となっている。おばあちゃんは、戦時を話題とし子供たちとひと夏を過ごす内に、心が時代を遡っていき、ついに雷を「ぴかじゃ」と言い、原子力爆弾が落ちたときの光と勘違いして、雨の中を走る。その雨の中を、孫たちが追いかける。まるでアリが歩いた道のように、雨の道を、アリのように人間が本気で走っている。そうして、傘をさして走っているおばあちゃんの傘が、風で裏返る、まるで花が開いたかのように、その瞬間に、「野ばら」の歌が鳴る!

童(わらべ)はみたり

野なかの薔薇(ばら)

清らに咲ける その色愛(め)でつ

飽かずながむ紅(くれない)におう

野なかの薔薇

「野ばら」の歌をこうして歌詞を口ずさむだけで、あの場面が蘇り、涙が零れてしまう。なんと美しい。なんと素晴らしい表現だろうか。清らかに咲ける野の薔薇、その薔薇の花となったおばあちゃんと子供が見ていた薔薇の花が重なり、そして、この歌は、映画の中で、孫のひとりが、壊れたピアノでずっと弾いていた旋律なのだ。聖なるものが、咲くのだ。「乱」で壮絶な人類の愚かさを描いた黒澤明が、81歳にして、このような美しい聖なるものを描くということが、既にして感動的であり、衰えていない芸術家の魂の響きに、やられてしまう。人間の世を超えた視点で、これは描かれている。この映画の美がわからない者がいたとしたら、それは、その人間の見識を高める修養の必要を示すだろう。あるいは、くもりなき眼が失われていることを示すだろう。緑色をした滝、美しい森、雲、まるで「乱」の続きのような雲、お堂の美しさ、音と歌、祈りの静謐、イメージで描かれる恐ろしい目、躊躇なく自らの内的真実を表現する勇気、薔薇の描写、歴史の闇を恐れることなく直視する姿勢、本物の芸術家のすばらしい映画である。年に一度、八月には必ずこの映画を観るのは、わたしの家の文化となった。

-黒澤明